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神戸地方裁判所 昭和39年(ワ)379号 判決 1967年4月06日

原告 栗田実 外一六名

被告 国

訴訟代理人 広木重喜 外六名

主文

被告は、原告各自に対し各金一、〇〇〇円を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告、その余を原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告ら各自に各金一万円を支払い、かつ別紙一記載の陳謝文を五日間灘郵便局掲示板に掲示せよ。」との判決を求め、つぎのとおりのべた。

(請求原因)

一、原告らは、郵政省に勤務する職員を構成員として結成する全逓信労働組合の組合員で、兵庫県内の(郵政省の)事業所に勤務する同組合員で組織する同組合兵庫地方本部(同組合の下部機関)に所属する者であり、同時に大阪郵政局管理下にある灘郵便局に勤務する国家公務員である。

ところで全逓信労働組合(以下単に組合という)は昭和三九年春季闘争の要求として、六〇〇〇円の賃上げ、年度末手当〇・五ケ月分の支給その他の要求をかかげ、各下部機関に要求貫徹のための諸行動をとるべきことを指示した。

兵庫地区本部は右指示に基き所定機関で討議の末組合員の意識向上のため、リボン戦術を実施することを決定し、別紙二の一のとおり、「さあ!団結で大巾賃上げをかちとろう」と記載した幅三センチ縦一〇センチの黄色のリボンを作成し、これを所属組合員が胸に着用することを指示した。

原告らは右地区本部の指示に従つて、昭和三九年二月末頃から右リボンを自己の着衣の胸附近に着け、原告栗田、同西北は組合灘郵便局支部の役員としてその以前頃から、別紙二の二のとおり全逓灘郵便局支部と記載した腕章を着け、各々その執務をしていたところ、灘郵便局長は、局内掲示板に、組合活動を理由に、その取外しと、勤務時間中その着用を禁ずる、なお右指示に従わない場合には相当の措置をする場合がある旨の文書を掲示し、三月一三日には重ねて局内掲示板に「警告書」と題し、組合関係のリボン、腕章を着用して、執務することは、服務規律に違反する、取外し命令に従わない者は服務規律ならびに職務上の命令違反として処分されることがある故警告する旨の文書を掲示するとともに、右趣旨を局内マイクにより二回にわたり放送し、爾後同月一四日、一六日にも、それぞれ二回にわたり同趣旨の局内放送をくり返したほか、原告ら各自に次のとおり命令して来た。すなわち、栗田実に対し、同人の直属上司である貯金課長を通じ、二月二二日口頭でリボン、腕章のとりはずしを命令し、同月二六日、「全逓腕章ならびに『さあ!団結で大巾賃上げをかちとろう』のリボンのとりはずしについて」と題して「あなたがつけている首題の腕章ならびにリボンは昭和三九年二月二二日局長名をもつて掲示のとおり、これらは職務遂行上必要な服装とは認められず、又勤務時間中の組合活動とみなされますので直ちにとりはずすと共に、勤務時間中は絶対つけないようにして下さい」と記載した業務命令書を手交し、三月一六日には、再度貯金課長より口頭でそのとりはずしを命じ、

そのほか西北浩次に対しては、同人の直属上司である保険課長を通じて、三月一七日、同一九日の二回口頭で、

川間富川に対してはその直属上司である保険課長を通じ、三月一六日、一七日、一九日の三回口頭で、

高峰健に対しては、その直属上司集配課長を通じ、三月一六日、一八日の二回口頭で、

本田和生に対しては、その直属上司集配課長を通じ、三月一六日、一七日の二回口頭で、

今栄和行に対しては、直属上司集配課長を通じ三月一七日、一八日(一八日は腕章も着用したのでそのとりはずし命令も含む)口頭で、

鈴木操、除規雄に対しては、その直属上司集配課長を通じ、三月一四日、一六日の二回(鈴木は三回)口頭で、

余頃徹、沢本道弘、足立隆司に対しては、その直属上司貯金課長を通じ、三月一六日、一七日の二回口頭で、

土家郁夫に対しては、その直属上司庶務課長を通じ、三月一四日、一六日口頭で、

佐久本喜夫に対しては、その直属上司集配課長を通じ、三月一七日、一八日の二回口頭で、

西原丸一、山中善昭に対しては、その直属上司集配課長を通じ、三月一四日、一七日、一八日(山中のみ)各口頭で、清水宏明に対しては、その直属上司集配課長を通じ三月一七日(二回)、一八日に三回にわたり口頭で、

藤城康孝に対しては、直属上司貯金課長を通じ、三月一七日口頭で

いずれもリボン(西北浩次は腕章についても)のとりはずしを命じ、更に同月一九日には、栗田実を除くその余の原告らに、局長名の文書で、そのとりはずしを命令してきた。

原告らは、右命令は労働権に干渉する違法な命令として、これにかかわらず、右リボン等を着けたまま、執務していたところ、灘郵便局長は、原告らの右一連の行為は、郵政省就業規則第二五条(服装規定)、同第二七条(勤務時間中の組合活動禁止規定)、同第五条二項(職務命令遵守義務)(以上の各規定については別紙三参照)に違反するとして、同規則第一一六条により、原告栗田に対しては、昭和三九年三月一六日付、同余頃、同西北、同川間、同足立、同西原、同佐久本、同今栄、同土家、同高峰、同本田、同鈴木、同除、同沢本に対しては同一九日付、同山中、同藤城、同清水に対しては同月二三日付文書をもつて、右各原告らにそれぞれ訓告処分を行なつた。

二、しかし、右訓告処分は、就業規則の規定に反する違法な処分である。すなわち

(イ)、就業規則第二五条は、「職員は服装を正しくしなければならない」という条項であり、大体リボンの着用が右の「服装」の概念に入るかがそもそも問題であるが、仮にこれに入るとしても、本件の如きリボンが何故に「正しくない服装」に該当するか理解に苦しむところである。「正しくない服装」とは勿論健全な社会通念によつて決せられるところの「通常でない」………「異様」というものに相当するのであろう。現に郵政省の出した同条の運用通達(郵政部長一般長宛通達昭和三六年二月二〇日郵人第三八号の二五条)によつても「他人をして嫌悪又は卑わいの情を催させるような服装」を意味するとされているのである。従つてリボン自体が奇妙な形態であつたり、劣悪な色彩や図型でも記載されてないかぎり、リボン自体が正しくない服装になる道理がない。現に郵政省自体がしばしば兵庫県下の郵便局職員に全く同種、同形、同色の(文字のみ異る)リボンを着用させている。故にリボンの着用自体は就業規則第二五条に該当しない。

(ロ)、労働者が原則として、就業時間中に組合活動をしてならないことは雇傭契約上の一般原則として承認せられているところであり、原告らのリボン着用は、組合の前記諸要求貫徹のため、弱い組合員に対する組合員相互の索制、使用者(国)に対する組合員の集団的示威として行なうものであることも、当然のことである。

しかし、就業時間中の組合活動の禁止ということは、労働者は労務の提供中これと矛盾し、これを阻害する活動を使用者の同意なしになしえないことを意味するにすぎず、労働者が通常提供すべき形態で円滑な労務の提供を行なつているかぎり、これに何等の現実的障害を与えない一切の行動まで禁止する趣旨ではない。就業規則第二七条も右一般原則を確認したうえ、勤務時間中であつても、団体交渉、苦情処理に関与する場合には、就労しないで組合活動に従事できることを明記したところに意味のある規定である。ところで原告らのリボン着用のうえした労務の提供は、着用せざる労務の提供と何等変るところなく、原告らの労務の提供につき現実的障害を与える性質のものではない。従つて原告らのリボン着用は同条違反とはならない。

(ハ)、就業規則第五条二項については、労働者が使用者と雇傭契約の関係に立つ以上、その労務の利用について使用者の指揮に従わなければならず、その限りにおいて業務命令に従うべき義務あること勿論である。しかし業務命令は、第一に、それが業務に関する命令であること、第二に、それが法令に違反しない正当なものであることを、その有効であるための前提要件とする。

しかし、原告らのリボン着用は、前記のとおり、組合員相互の索制、使用者に対する組合員の集団的示威を目的とする、労働者の労働基本権本来の行使そのもので、郵政省の業務に現実的支障のないものである。もとよりリボンの着用が組合の諸要求についての一般公衆への訴えかけをもその目的としていることも疑いないところであるが、郵政省の業務は、特にリボンの着用が業務の円滑な遂行に支障を及ぼす特別な企業(例えばサービス業、衛生食品製造業等)でもなく、その訴えかけはまさに民主的な方法によるものであり(組合の訴えかけが、かえつて逆効果となる場合もある)、リボン戦術そのものが、ストライキ(違法争議)を目的とするものでもなく、むしろこれを回避するために考え出したものでかつ従来郵政省組合間の労使慣行としてリボンの着用は許されていたものであるから、使用者は単なる施設管理権、職場指揮権、職場秩序等を根拠にこれを禁止することもできないというべきであるし、リボンの取外し命令自体法令に違背している(後記(ホ)、(a))から、撤去命令に従わなかつたこと自体を単に命令不服従として就業規則違反とすることはできない。

取外し命令が実質上違法としても、形式上業務命令の形式を備えているかぎり、一応これに従うべきであるとなしえないこと、原告らが所謂現業公務員であつて、その行なう業務は民間労働者と異らず、純粋に国家権力の行使をその職務とする公務員と異るから、もとよりのことである。

(ニ)、のみならず、本件訓告処分の内容に、次のような就業規則違反がある。すなわち、

就業規則第一一六条は郵政省の労使関係におこなわれる訓告の唯一の法的根拠である創設的規定であるが、同条は「職員は過失があつた場合には………」と明確に規定しているのに、本件の如く過失でない行為(むしろ故意的なもの)について過失行為にしか適用できない訓告処分を行なつたこと自体に就業規則の重要な適用の誤りがあるといわざるを得ない。訓告が、かりに国家公務員法の懲戒処分に該当しないとしても、郵政省と職員の労使関係における制裁的目的と効果をもつた処分であること疑いないところであるから就業規則に明記する必要があり、この恣意的な拡張解釈や一方的変更は許されないし、被告は昭和二五年七月二七日郵人第二五八号「郵政部内職員訓告規定について」の運用通達を根拠に一般的非違行為を訓告の対象となしうるというが、右通達が効力を生じることになれば、結果的にそれは就業規則の変更を来たすから、変更に必要な届出、公示の手続を要する―労働基準法九〇条、一〇六条―が、右通達はかかる手続を行なつていないから、就業規則第一一六条の明文的意味を変更する効力はない。

(ホ)、本件訓告処分には、更に次のような手続上の違法がある。

(a) 本件業務命令が発せられる以前まで、灘郵便局を含む郵政省の労使間において、リボンを着用することがしばしば存在したこと、そのことが処分等の問題とならなかつたこと明らかである。かかる労使慣行が存在する以上、これを今回にかぎり突然変更するについては一応合理的かつ法令に準拠した説明をする義務が使用者にある。ところが灘郵便局長は組合側の要求にかかわらず、右命令当時、その理由について具体的かつ明確な説明を行なわなかつた。

(b) 昭和三二年九月一〇日人考第七〇一号管内一般長宛人事部長発「職員の過失処分について」と題する内規によれば、第一〇条に「職員の過失事故に対し、処分を行うときはその職員から事案のてん末を記述した自筆の始末書を徴取しなければならない。」とあるのに灘郵便局長は、本件訓告処分について、かかる始末書を原告らから徴取しなかつた。

(c) 右内規第五条は処分の標準として「訓告処分は別に定める訓告処分標準によつて行うものとする」と定めたうえ、その第三項は「処分標準に掲げる事項その他、訓告処分に相当する過失事故で、故意怠慢によるもの、又は過失事故の結果として官損を生ぜしめ、あるいは不当な損害を利用者に与え、もしくはそれにより犯罪又は重大事故を誘発し、あるいは業務の運行を阻害し、又は職場規律をみだす等の因となつたものはこの処分標準にかかわらず、懲戒処分として措置しなければならない。」と規定し、本件事案は、被告の主張によれば、リボンを着用したことが顧客に嫌悪感をいだかせ「業務運行に阻害」を与え、時間中の着用と撤去命令に従わなかつたことが「職場の秩序を乱した」ことになり、かかる点がその処分の理由とされている。然りとすれば、まさに右内規によれば、訓告にすること自体が不適法ということになる。

三、してみると、本件訓告処分は、国(郵政省)の公権力の行使に当る公務員(灘郵便局長)が、その職務として、原告らに違法行為(訓告処分)をなしたというべく、右訓告処分そのものは、灘郵便局長が充分な認識のもとになしたものであるから、従つて、灘郵便局長の本件訓告の違法性に関する故意過失を問うまでもなく、国は国家賠償法第一条により原告らの、右違法行為によつてうけた損害を賠償する義務がある。同条の国の責任が認められるために、灘郵便局長の右違法性に関する故意過失を要すると解しても、リボン戦術は、特殊な業種の場合を除き、当然に正当な組合活動であり、これに対する使用者の一方的禁止、処分が団結権侵害として不当労働行為を構成することは日本労働法学界の通説で、従前リボン着用に対する処分の例が全くなく、訓告理由の存否の判断について困難を伴うような事情は全くないのに、灘郵便局長は、「それ程深く考えず」、研究もせず、リボン着用についての調査もせず、本件訓告処分をしているから、違法性の認識の点についても、灘郵便局長に少くとも過失があつたというべきである。

四、原告らは、右違法行為によつて(原告らのうち別紙四の被処分一覧表記載の者がその記載のとおりの処分をうけてはいるがこれと無関係に)つぎのような損害をこうむつた。

(a)、原告らは、郵政省職員として、同省就業規則所定の訓告理由に該る事実がないかぎり、灘郵便局長から恣意に訓告されない法的地位ないし利益を有している。訓告理由を欠く本件訓告処分は、原告らのこのような地位ないし利益を侵害したもので、原告らはその名誉、人格を甚しく傷つけられた。

(b)、訓告は、組合郵政省間の「昇給の欠格基準に関する協約」一条により、これを一年以内に三回以上受けた場合良好な成績で勤務しなかつたものとして定期昇給が延伸せられることになつているばかりでなく、一回の訓告を受けても、将来において昇給延伸その他の経済上身分上の不利益をうける事実上の虞れがあり、原告らは本件訓告処分によりかような虞れを痛感し、著るしい精神的打撃をうけた。

そこで原告らは、右a・bの精神的損害につき各一万円の慰謝料と、損害回復の相当な方法として別紙一記載の陳謝文を灘郵便局掲示板に掲示することを求める。

(答弁)

被告の、違法性阻却の主張は争う。

被告ら指定代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、つぎのとおりのべた。

(答弁)

一、請求原因第一項の事実は、灘郵便局長のした本件各訓告処分が違法であるとの点を除き、全て認める。右の点は争う。

二、請求原因第二項は争う。

(イ)、就業規則第二五条に関する、原告ら主張の運用通達は極めて一般的な判断基準を示したにとどまり、服装着用の場所、身分によつて必ずしも妥当しないものである。勤務時間中の公務員に、正しい服装の着用が要求されるのは、もともと対外的に公務員としての品位を保持させるためのみでなく、対内的に服装の正当な着用をとおして職場の規律を維持することを目的とするものである。従つて、たとえリボン等の着用が社会通念上嫌悪卑わいの感を与えないものであつても、国家公務員として一切の争議行為を禁止せられている原告らが、管理者の許可を受けず、後記のとおり、スト態勢にあることを表示する一方法としてかつ官側の取外し命令必至の予想のもとに、その取りはずしの拒否という命令不服従の意図をもつて組合の闘争目標を記載したリボンを着用するが如きは、内部的規律無視の風潮を自然に生み、また対外的にも職員の職務専念義務違反に対する疑いを公衆に抱かせる契機をつくりだすという点において、右正しい服装着用の目的に反し、規則二五条違反として評価可能である。

(ロ)、原告らのリボン等の着用が、組合員の闘争意識、組合員相互の連帯感を高め、闘争における要求の正当性を使用者および第三者にも認識せしめる、との目的でなされる以上、それが組合活動の一環たる行為に属すること明らかであり、またその着用が勤務時間中になされたこと、およびこれにつき所属長の承認をうけていないことも明らかであるから、原告らのリボン等の着用はまさに勤務時間中の許されない組合活動にあたる。

原告らの、勤務時間中の活動といえども、業務の正常な運営を阻害しない限り正当なものとの見解は、もともと業務の正常な運営を阻害する組合活動は争議に属するものであるから、争議に当らない行為であればいかなる組合活動も勤務時間中に行ないうることを意味し、勤務時間中の組合活動の禁止という大原則および国家公務員としての職務専念義務を無視した労働者的独断にすぎず、もし右の見解が是認されるなら、業務の正常な運営阻害の事実が極めて立証困難なものである点から、労働関係の大原則である勤務時間中の組合活動の禁止、職務専念義務が極めて広範囲に侵蝕されることになる。

原告ら主張の、リボン着用についての労使間の慣行は存在しない。

かりに、前記原告らの見解が是認されるとしても、原告らは昭和三九年の春季闘争の目標として掲げた要求項目をかちとるための手段として半日ストを頂点とする闘争計画をたて、それへの盛り上りをはかるため、普断の順法斗争を始め、職場における集団交渉、ビラ貼り等を企画実行したものであつて、本件リボン等の着用もその一環をなすものであつて、着用者の今日の職務の遂行に支障がなくとも、近く決行さるべきストに備えての職務専念義務軽視の表示として職場秩序を乱すものであるし、昭和三八年年末闘争が未曾有の長期闘争であり、かつ郵政省始つて以来最初の小包の引受制限を行ない郵便事業に対する公衆の利用を害したことから、その延長と目される本件昭和三九年春闘におけるリボン着用は、公衆に再び、昭和三八年年末闘争の緊迫感および郵便事業の停滞を想起せしめるものであり、そのため窓口における紛争および局長への苦情電話に象徴される公衆の不安感を惹起させたことは事実であり、また外勤の職員が保険募集事務を行なうに際し、リボン着用が支障となる旨の訴をなしていたこともこのリボン着用が公衆に対して有する微妙な心理的影響を物語るものであり、これらの事実からして、本件リボン着用により、灘郵便局の業務の正常な運営は、多少なりとも阻害され、少くとも阻害される可能性は存した。

(ハ)、以上のとおり、原告らのリボン等の着用は就業規則二五条、二七条に違反するものであり、灘郵便局長の取外し命令は適法なものであるから、原告らはこれに従う義務あるものである。たとえ、右リボン等の着用が、右各条に違反しないとしても、職員の命令服従義務を規定する就業規則の運用通達は、上司の命令が内容的に違法であつても、その違法性が客観的に明白でないかぎり、部下職員は命令に服従する義務を負うとしており、行政機構に属する職員が自己の主観的判断により上司の命令を違法と解した場合、いかなる場合でもそれに服従しないことができるとすれば、行政機構の組織的一体性が忽ちに崩れ去る可能性があることにてらし、右運用通達の解釈は妥当であり、勤務時間中の組合活動の禁止の大原則が存し、就業規則二七条も勤務時間中の組合活動を文言上は略全面的に禁止しており、本件リボン等の着用が組合活動であることも明白で、従来よりリボン着用の正当性を明言する先例もない点から、郵便局長の撤去命令は客観的に明白な程違法とはいえないものである。

(ニ)、郵政部内においては、従前より訓告の対象行為は過失と呼ばれているが、その過失の意味は、民刑事責任の前提となる過失とは同意義ではなく、故意をも含む非違行為一般であるとの解釈が確立しており、就業規則は昭和二八年六月に作成されたものであるが、昭和二五年七月二七日付郵人第二五八号「郵政部内職員訓告規定について」の運用通達は、就業規則作成以前より存した郵政部内職員訓告規程上の過失の法意を明らかにするため発せられたものであつて、就業規則一一六条の過失の意味も当然右と同意義であるから、右運用通達は規則一一六条を変更するものでない。

(ホ)、(a)、前記のとおり、リボン着用を容認する労使慣行は存在しないし、組合側自身リボン着用が禁止されることは十分予想していた筈であるから、リボンの撤去命令につきその理由を示す必要すらなかつた。

(b)、原告ら主張のとおり始末書徴取の規定(通達)があり、本件訓告に際し、始末書を徴取していないが、右徴取自体被訓告者に対する心理的苦痛を伴うものであるから、被訓告者である原告らが、始末書徴取を免れたことを不服とすること自体失当であるし、右通達は訓告権者に対する訓告手続に関する訓示的指示に止まり、またもともと始末書は一つの証明手段としてその存在意義が認められるものであるから訓告権者が他の資料で訓告事由事実が証明可能である場合(本件訓告処分がこの場合にあたる)始末書の徴取は必ずしも必要でない。

(c)、かりに訓告に止まつた本件訓告処分が軽きに失したとしても、原告らはそのことにより恩恵は受けても不利益は受けないし、原告らの非違行為はかなり重いが、リボン着用に関し、処分を行なつた先例がないところから、刑は軽きより漸次重きへの原則を尊重し、かつ懲戒処分を行なうことにより原告らが将来うけることある影響を考慮し、温情的に今回は訓告に止めるのが妥当と判断し、本件訓告を行なつたものである。なお就業規則一一六条の過失が非違行為一般を意味するものなること前記のとおりである。

以上、本件訓告処分には、何等違法な点は存しない。

三、請求原因第三項は争う。

公務員が自己の判断である行政行為を行なつた場合、後日その行為が裁判所により違法と判断されたとしても、ただちに当該公務員に不法行為成立要件としての過失があつたと推定すべきでなく、むしろその行為をなす前提となつた判断が相当困難な場合には、行政機関の職員としては過失はなかつたと推定すべきであると解すべきところ、本件訓告事由の存否の判断は客観的にかなりの困難を伴つていたといえるから、本件訓告処分が理由なく違法としても、灘郵便局長の行為には無過失が推定されるべきであり、事実同局長は本件訓告に先立ち上級庁である大阪郵政局長に意見の照会をなし、また局内労務担当者等と種々協議する等局長として採りうべき十分の措置を採つているから事実上も本件訓告について過失は存しないし、同局長は行政の一機構として、上級庁の指揮命令に従わざるをえない立場にあるが、就業規則五条二項については、運用通達により、違法が客観的に明白でない限り部下は上司の命令に服従しなければならぬよう同条文を解釈するよう指示されており、また本件リボン着用に関しては、同局長は着用者に対し取りはずし命令を発し、不服従者に対しては訓告するよう、その直接の上級庁大阪郵政局長より一般的指示をうけていたから、右就業規則の解釈にしろ、訓告の要否についても、覊束された判断および決定の可能性を有するにすぎなかつたものである。このような者の行為については適法行為を期待することは事実上不可能であるから、この点からしても、右局長の行為には過失はなかつたと解すべきである。

四、請求原因第四項は争う。

ある行為が他人の法益を侵害したとみるためにはその行為がその結果に対応するような行為の型(相当因果関係とも表現されている)を有しなければならない。ところで訓告処分は所謂口頭による注意を形式化したものにすぎず、法律上一定の不利益をうけることが予想される行為ではない。もつとも一昇給期間(一年)中に三回訓告を受けた者は昇給延伸の取扱いをうけることがあることは事実であるが、一昇給期に三回も訓告をうけること自体極めて稀な出来事であるから、(現に原告らのなかで他の二回の訓告と相まつて昇給延伸の取扱いをうけたものはない)やはり行為の定型性を欠くというべく、なお原告らは一回の訓告によつても将来昇格昇進に影響があるように考えているが、訓告の経歴は人事記録カードに記載されないから全くの杞憂にすぎない。

また原告らは、当初からリボン着用後、取外し命令が発せられることを十分予想しており、更に局長は右命令に従わない者は処分する旨警告しており、当時支部長であつた原告西北は処分を予測し、原告藤城の如きは自ら進んで訓告されるよう局長に申述したような事情が存し、原告今栄も、とりはずし命令に対し、処分するならしろと放言しているようなことから、原告らは自ら予期した訓告を受けたにすぎず、予期した処分(懲戒処分)より軽い訓告に止つたという点では驚きの念を抱いたかも知れないが、訓告を受けたということ自体により衝撃をうけたとは考えられないし、更に原告らの大部分は別紙四記載の被処分一覧表のとおり、これまで種々の事由により懲戒または訓告を受けており、この点からも、原告らが本件訓告処分により、その主張のような精神的打撃を受けたとは到底考えられない。

また名誉毀損の点については、およそ名誉毀損とは人の社会的評価を低下させるような行為を指すものというべきところ、本件訓告に際し、局長は原告らに個別的に訓告事由書を交付するという方法をとり、原告らを訓告する旨および訓告事由を他に公表した事実は全くなく、また右訓告に対し原告らを侮辱するような言動をとつた事実も存しないから、もともと名誉毀損に値いする行為それ自体存在しないし、組合活動に関してなされた右訓告が全逓灘支部における指導的組合員であつた原告らの社会的評価を低下させるものとも考えられない。

(抗弁)

名誉毀損行為については、行為者により公表された事実が真実であり、かつ公表の目的が公益に係るものであれば違法性が阻却されるが、訓告事由書に記載されている訓告事由すなわち命令不服従の事実は、その法的評価は別として、真実存した事実であり、かつ局長としては、命令不服従を訓告することにより、局内の職場規律を維持し、公益に連ること大きい郵政事業の円滑な運営を意図したこと明白であるから、その違法性は阻却されるものである。

(証拠省略)

理由

一、請求原因第一項の事実は、本件各訓告処分が違法であるとの点を除き当事者間に争いがない。

二、本件訓告処分の違法性について判断する。

(イ)  就業規則二五条(別紙三、服装規定)違反について

就業規則二五条は対外的に公務員としての品位の保持、対内的に正しい服装の着用をとおして職場の規律の維持を目的とする規定であることは被告所論のとおりであり、その規定自体合理的根拠を有することも論を待たないところである。そして同条にいう正しい服装とは健全なる社会通念に照らして郵政職員としての品位を保持し、かつ業務に支障のない服装を指すものと解される(使用者側からみて業務に必要のない服装であつても、そのことのみで服装規制をなし得ないことはいうまでもない。)そこで原告らの着用した本件のリボンまたは腕章が右規定に違反する服装すなわち「正しくない」服装に当るかどうかを検討するに、まずリボンまたは腕章の着用が同条の対象となる服装概念に入ることは明らかであろう。しかしながら検証の結果により認められる原告らの着用した本件のリボン、腕章(別紙二の一、二)と形状、大きさ、色彩において何ら変らないリボン、腕章が、リボンの場合は諸種の会合で会員章として、腕章の場合は右の会員等で役員世話役を表示するものとして一般に着用され、さらには会社その他の団体がその団体の特定目的の活動をする際に団体員もしくは従業員その他団体と一定の関係を有する者にその活動目標を記載して着用させることは世上一般にみられるところであり、それが特に社会常識に反する服装であるとは通常認められない。さらに証人中西亨の証言及び検証結果によれば郵政省においても過去幾回となく簡易保険新加入運動その他の運動の際職員に同様のリボンを、また年末等に職務担当を表示するために腕章を、その執務時間中に着用させていることが認められるので、これらの観点からすれば、原告らの従事する郵政業務が一般公衆との接触の多い業務であることを考慮しても、原告らの右形態色彩からなる本件リボン等の着用がそれ自体(その表示内容との関係はしばらく除く)現業公務員である原告らの品位を落し、郵政業務に支障を生じ、または職場の規律の保持を失わせる服装とは解されない。

もつとも、社会的一般的に是認さるべき服装も、その着用の目的、時、場所、身分、職業、業種等によつて正しい服装といいえない場合の生ずることは被告所論のとおりであり、リボンや腕章の着用が右の相対的規制を受くべきものであること、またその表示内容と無関係に服装としての是非を論じ得ないことも異論のないところであろう(さらに職場での腕章の着用はその着用者数との関連においても考察しなければならないけれども、原告栗田実の尋問結果によれば本件の着用者は原告栗田同西北の両名であつて大体一部屋に一人か二人であることが認められるので、その点では問題はないと解される)。

この点について被告は、原告らのなした本件リボン等の着用は昭和三九年春闘という特異な時期においてその職場でスト態勢にあることを表示する一方法として、かつ官側からの取りはずし命令必至の予想のもとに、その取りはずし拒否という命令不服従の意図をもつて組合の闘争目標を記載したリボンを着用したものでかくの如きは、内部的に規律無視の風潮を自然に生み、対外的にも職員の職務専念義務違反に対する疑いを公衆に抱かせる契機をつくりだすものであるから服装規定に違反するといい、組合が、昭和三九年春の闘争計画として、団体交渉の成り行き如何によつては終局的に半日ストを計画していたこと、本件リボン等の着用が、組合員相互の連帯強化、管理者側に対する示威等の目的で右春闘の一環として行なわれたものであること後記認定のとおりであり、成立に争いない乙第四号証によると、組合兵庫地区本部では、リボンの着用を指令するに際し、官側の取りはずしの申入に対し拒否することをも合わせて指示したことが認められ、原告らが、郵政省に勤務する現業公務員として公共企業体等労働関係法上争議権が認められていないことも明白である。

しかしながら、公労法の適用を受ける原告ら現業国家公務員は憲法第二八条公労法第八条第一七条の解釈上一般公務員に比し労働上の権利がより強く保護されており、その団結権も、その権利実現のために争議行為に当らない組合活動をする権利を含むものと解されるところ、原告ら組合員が昭和三九年春闘の時期に右団結権に基いて団結を強化し団結力を示すため必要な一方法として本件のリボンまたは腕章を着用したことが(それが勤務時間中の組合活動として規制し得るかどうかはさて措き)その時、場所、目的、表示内容(別紙二の一、二)に照らして正しくない服装に当るものとは認めがたい。右のとおりリボン腕章等の着用が正しくない服装に当るかどうかは、その着用の時、場所、目的、表示内容、身分、職業、業種等に照し、これを外形的客観的に観察して定むべきものと解すべきであるから、原告らが取りはずし命令を予想してこれに不服従の意思で本件のリボン等を着用したとしても、リボン等の着用が正しくない服装に当らない以上服装に関して規律無視の風潮を生むいわれはなく、また違法な半日ストに連なるものであるから正しい服装といえないとの主張についても、本件リボン等の別紙二の一、二の形態及び表示内容(スト決行を表示するものではない)からみて右リボンまたは腕章の着用がスト態勢にあることを表示するものとは認められない。さらに被告は管理者の承認を受けずしてリボン等を着用することが違法であるかの主張をするけれども、原告らのなしたリボン等の着用は何ら国の施設や郵便局の管理物を利用するものではないから服装規定による規制以外に管理者の承認を要するものとは解しがたい。さらにまた被告は本件リボン等の着用は対外的にみて職務専念義務違反の疑を公衆に抱かせるおそれがあると主張するけれども、現代の近代化され高度化された一般市民(公衆)の労働智識ないし感覚にかんがみ被告の右主張は首肯しがたい。もつとも、この点につき証人清原春雄の証言中に、原告栗田実がリボン、腕章等を着用して執務中、局へ来た一市民と紛争を起した旨の証言があるが同原告の本人尋問によると他のことが原因であることが認められるし、また右証言中に市民からリボン着用に対する非難の電話があつた旨の供述があるが、かかることで、一般公衆に対して被告主張の如き疑念や不信を抱かせた証左と認めることはできない。

右のとおり原告らの着用した本件のリボン、腕章は、その形態及び着用の時期、場所、目的、表示内容、身分、業種等に照らすも、就業規則第二五条に違反する服装に当るものとは認めがたい。

(ロ)  就業規則二七条(別紙三、勤務時間中の組合活動禁止規定)違反について、

本件リボン等の着用が、組合の昭和三九年の春闘(中央における郵政省との団体交渉)の目標である六〇〇〇円の賃上げ、その他の要求の貫徹のために、団結権に基き組合員相互の連帯(団結)強化、使用者に対する示威、一般公衆の組合の要求に対する理解を求める目的のためになされたものなること、証人豊田黎一郎、同中西亨の証言によつて認められ、原・被告双方も認めるところであつて、これが組合活動であることは疑いないところである。従つて組合活動という字義上は就業規則二七条の勤務時間中の組合活動の禁止条項にふれることとなる。原告らは郵政省と組合間に勤務時間中、組合員が組合活動としてのリボンの着用を許容する労使慣行があつたといい、甲第一一号証、証人豊田黎一郎、同中西亨の各証言、原告西北、同栗田の本人尋問中にこれにそう記載ないし供述があるが、成立に争いない乙第一六号証、証人魚津義晴の証言にてらしそれがいわゆる「労使慣行」となつていたものとはたやすく肯認できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

しかして勤務時間中の組合活動が原則として禁止されることは、労働者は勤務時間中使用者のために完全に労務を提供しなければならない雇傭契約上の義務を負担していることから、むしろ当然というべきであるが、しかし一切の例外を許さないものとは解されず、労働者が労働法上保障された労働基本権を行使する場合で、しかも労働者が雇傭契約上の義務の履行としてなすべき身体的精神的活動と何等矛盾なく両立し業務に支障を及ぼすおそれのない組合活動については例外的に許されるものと解するのが相当である。そして右就業規則第二七条は一般原則を定めたものであつて右の例外を許さない趣旨とは解されないところ、原告らの本件リボン等の着用による組合活動は、前記(イ)で判断したとおり、憲法及び公労法上認められた勤労者の団結権の行使としてなされた一種の示威活動であつてその必要性が認められ、しかも郵政事業における原告らの業務内容と現業公務員たる地位身分に照らし、原告らが国に対して負担する身分上業務上の義務(国家公務員法第九六条第一〇一条等、ただし無定量の忠誠義務ではない)と何等矛盾なく両立し、その業務及び公共性に支障を与えるものでない(もとより争議行為、怠業的行為に当らない)と認められるので、原告らの本件リボン等の着用による組合活動は就業規則第二七条の違反とはならないものと解する。

被告は、原告らの本件リボン等の着用は予定された半日スト(禁じられた争議行為)に連らなる違法な組合活動でありそうでないとしても右ストに備えての職務専念義務軽視の表示として職場秩序を乱すものであるし、また昭和三八年末闘争による郵政省始つて以来最初の小包の引受制限を行なつたことから、その延長としての昭和三九年の春闘は、灘郵便局の業務の正常な運営を害した少くとも阻害の可能性が存したいといい、成立に争いない乙第一ないし四号証、証人豊田黎一郎、同中西亨、同魚津義清、同松村音次郎の証言によると、

組合中央本部では、昭和三九年一月一九日から二一日にわたり、六〇〇〇円の賃上げ、年度末手当〇、五ケ月分の支給、その他の要求をかかげて郵政省と団体交渉に入り、右要求を獲得するためいわゆる春季闘争をなすこと、その戦術として、時間外および休日における労働の拒否、職場闘争、なお目的が達せられない場合には終局的に半日ストを行なうことを決定し、各地方本部に同支部から各地区本部にこれに従つて闘争を展開することを順次指令し、この指令をうけた兵庫地区本部は職場闘争の一環として前記((ロ)冒頭)目的のもとに本件リボン戦術を採用、実施したこと、その後組合では同年四月四日、同月一七日、二八日に半日ストを行なう旨宣言したがいわゆる池田―太田会談で中止となつたこと、昭和三八年末の闘争においては、郵政省と組合との間に時間外勤務協定が締結されなかつたことから、郵政省始つて以来最初の小包引受制限をしたこと、

等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定のとおり組合本部の予定した半日ストは最悪事態の発生を条件とするものであるから確定的な計画とはいえず、また多分に示威的な要素を含むものと解され、さらに本件のリボン等はストの決行を表示するものでもないので右リボン等の着用が直ちにスト等の違法行為に連らなるものであるとは認めがたく、また前認定の経緯により原告らが団結権に基き、法令に違反しない組合活動としてなした本件リボンまたは腕章の着用が、それ自体職務専念義務に違反し、または専念義務軽視の現れであるとみることはできないものと解する。そして証人清原春雄の証言によるも、原告らが本件リボン等の着用により職務を怠りまたは職務専念義務を軽視したこと、その他本件リボン等の着用が灘郵便局の職場秩序を乱した事実は認められない。なお証人清原春雄の証言によると、窓口における紛争の惹起、郵便局長への苦情電話、外勤職員の保険募集事務を行なうに際しリボン着用が支障となる旨訴え等があつたことが窺われるが、窓口の紛争は前認定のとおりであり、その余は第三者および職員のストに対する不安感の表明にすぎず、本件のリボン等の着用自体に対する健全な市民感覚の反映とみることはできないから、かかることでもつて、灘郵便局の業務に支障があり、かつ公益にも反する結果が発生し、または発生の可能性があつたとはなしえず、他に被告の右主張事実を首肯するに足りる証拠はない。

(ハ)  就業規則第五条(別紙三、職務命令遵守規定)違反について

被告は、上司から職務上の命令が出された以上、部下職員はその命令が一見明白に違法と認められないかぎり、行政機構の組織的一体性から、これに従う義務がある旨主張し、成立に争いない乙第五号証によると、郵政省では運用通達(郵人管第三八号、昭和三六年二月二〇日付)により、右のとおり運用されるようかねて指示されていることが認められる。しかして原告らの上司である灘郵便局長が原告ら下部職員に対して、就業規則違反の行為がなされたと認める場合に監督業務の遂行としてその是正を命じ得ることはいうまでもない。

しかしながら以上の認定によれば灘郵便局長のなした本件リボン等の取りはずし命令は就業規則第二五条第二七条の解釈適用を誤つた結果なされたもので違法な命令といわなければならない。そこで右命令に対する原告らの遵守義務につき考察するに、なるほど被告の主張するとおり、管理者が下部職員に対しなした業務に関する職務命令については、その違法が客観的に明白でない限り下部職員はその命令に従うべき義務を負うと解すべきことは、行政機構の組織的一体性から是認すべきことである。しかしながら原告らの本件リボン等の着用は前認定のとおり何等業務及び公共性を阻害せず、かつ服装規定にも反しないささやかな組合活動であつて公労法上違法性のないものであるところ、灘郵便局長のなした右リボン等の取りはずし命令は労使対等の原則の作用する労働条件改善に関する労使間の団体交渉中に原告らの右組合活動に対抗してなされた命令であるから純粋(固有)の業務命令と解しがたい面があり、原告らの本件リボン等の着用が禁じられた組合活動であるかどうかは不可侵性をもつ労働基本権との関連をもち、もし正当な組合活動であるならば使用者側の不当介入を生ずる問題であるから、右のような職務命令については、その命令が違法でそのために無効とされる場合には、その違法性が一見明白といえない場合であつても、これに従わなかつた下部職員に対し命令不服従の責を問うことはできないものと解すべきである。(その反面、命令を受けた下部職員は右命令が裁判によつて終局的に適法有効なものと判断されたときは、命令の当時にその適法性が明白でない場合でも、その不服従の責を免れ得ない。)

しかして灘郵便局長のなした原告らに対する本件リボン等の取りはずし命令の違法性は、就業規則第二五条第二七条の解釈につき議論の余地があり、ことに原告らの本件リボン等の着用による組合活動が字義的には同規則二七条にふれるため、右命令の違法性が一見明白であるとはいいがたい。しかしながら当裁判所の前記見解によれば灘郵便局長の原告らに対する右取りはずしの職務命令は法的な根拠を欠く違法な命令で、しかもその違法は命令の無効をきたすべき瑕疵にあたるものと解される。

以上の理由により、原告らにおいて就業規則第二五条及び第二七条に違反する行為をなしたとして、また同規則第五条の職務命令遵守義務に違反したとしてなされた灘郵便局長の原告らに対する本件の各訓告処分はいずれもその前提要件を欠く違法な処分であつて、取消をまつまでもなく、その効力はないものと認むべきである。

三、最後に、本件訓告処分による原告らの損害賠償請求の当否につき判断する。

(一)  灘郵便局長のなした原告らに対する本件の各訓告処分は前説明のとおり違法無効な処分と解すべきところ、右処分が形式上成立し被告国は有効な処分として取扱つていることは明らかである。しかしながら右処分は行政訴訟の対象となる行政上の処分または事実行為ではないので原告らは右処分の無効宣言判決を得てその救済を図ることはできず、ただ右処分のため損害を受けた場合に損害賠償等の方法により損害の回復を図るのほかないものである。

ところで右処分が、国の公権力の行使に当る公務員がその職務(下部職員に対する監督業務)上なした行為であることは明らかであるから、右処分をなした公務員に故意過失のあるときは、国は国家賠償法第一条により右処分行為により原告らの受けた損害を賠償(民法第七二三条の損害回復方法を含む)しなければならないものというべきところ、処分者である灘郵便局長に処分の違法性についての故意のなかつたことは証人清原春雄の証言により明らかである。そこで過失の有無を検討するに、従業員の労働基本権に影響を及ぼすような重要な職務命令や処分をなすにあたつては、国の管理権者として当然に慎重な考慮と研究のもとに違法な命令をしてはならない注意義務を負うているものと解すべきところ、本件の全証拠によるも灘郵便局長が右の注意義務をつくしたと認めることは、いささか困難である。この点につき成立につき争いのない乙第一二号証(昭和三八年一二月上旬刊行の日労研、労働法研究会記録)によれば同誌上に弁護士成富安信氏が「争議手段として勤務時間中にリボンを着用することは勤務時間中の組合活動禁止の原則に反するから使用者は取りはずしを命ずることができる」旨の見解を発表していることが認められるけれども、右の論説も一応反対意見を紹介しているのであるし、着用者の地位、身分、職業、業種等の如何を問わず、すべて禁じられた勤務時間中の組合活動に当ると説くものかどうか疑問の余地があるばかりでなく、他面成立に争いのない甲第八号証の一(季刊労働法、昭和三八年一二月一〇日発行第五〇号)によれば、東京都立大助教授籾井常喜氏が右と反対の見解を表明し「就労中のリボン戦術は正当な組合活動であり、リボン戦術の実行を理由に処分をすれば不当労働行為が成立する」との論説を掲げていることが認められる。

また被告は、灘郵便局長は右処分をするにつき局内労務担当者と種々協議し、かつその直接の上司である大阪郵政局長より、取りはずし命令の不服従者に対して訓告するよう指示をうけていたから訓告の要否につき覊束された判断および決定の可能性を有するにすぎなかつたから、過失はないと主張するけれども、国家賠償法にいう公務員の過失は行為に関与した公務員を一体的に観察して定むべきものと解すべきである。のみならず成立に争いのない乙第一〇、一一号証によればその処分者は灘郵便局長とされており、証人清原春雄、同魚津義晴、同松村音次郎の証言によつても被告主張のような覊束的な依命処分であるとは認められず、ただ上司に予め報告しその意見を徴したうえ自己の権限と責任において処分を行なつたものと認められるので、かかる事実でもつて、同局長の本件処分につき過失がなかつたとは認め得ない。

(二)  成立に争いない甲第七号証の一ないし一四、同第四、六号証、原告西北、同栗田の各本人尋問によると、原告らは、郵政省の職員として、郵政省と組合の昇給の欠格基準に関する協約により一昇給期(一年間)に三回以上の訓告処分をうけたときは昇給延伸となること、一回の訓告でも昇格、昇進については事実上不利益となる可能性があるということで、本件各訓告処分により精神的苦痛を味わつたこと、また適法な行為と信じてなした行動につき訓告処分を受けたため批判的な組合員との関係で多少名誉を傷つけられたことを認めることができる。

しかし、右各証拠や証人清原春雄の証言によると、右処分は処分としては極めて軽い訓告処分であること、原告らで結局昇給延伸等の不利益を受けたものはないことが認められること、その他事案の特殊性等諸般の事情を参酌し、その慰謝料としては、原告各自につき金一、〇〇〇円とするのが相当であり、名誉毀損についての謝罪文については、本判決の理由において、本件訓告処分が違法とされ、右のとおり慰謝料が認容されることにより、その名誉も自然回復する性質のものと考えられるから、その余の点につき判断するまでもなくこれを認めないのを相当とする。

四、そうだとすれば、原告らの請求は、原告ら各自が被告に対し金一、〇〇〇円の支払を求める限度で理由があり、その余を失当として棄却し、訴訟費用につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 保沢末良 河上元康)

(別紙一)

謝罪文

一、内容

灘郵便局長が行つた左記の者に対する訓告処分は、訓告の理由を欠きかつ組合運動のためにリボンや腕章を着用したことを理由とする違法なもので、被訓告者に精神的苦痛をあたえたからここに陳謝する。

灘郵便局長

栗田実殿(外一六名の氏名省略)

被訓告者 栗田実 昭和三九年三月一六日附(外一六名の氏名および訓告処分年月日省略)

二、様式

縦一メートル二〇センチ、横一メートル四〇センチの掲示板

(別紙二ノ一)<省略>

(別紙二ノ二)<省略>

(別紙三)

郵政省就業規則

第五条 職員は、郵政事業の使命を認識し、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行にあたつては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。

2 職員は、その職務を遂行するについて、法令及び訓告並びに上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。

第二五条 職員は服装を正しくしなければならない。

2 職員は制服等を貸与され、又は使用することとされている場合には、特に許可があつた場合のほか、勤務中これを着用しなければならない。

第二七条 職員は、勤務時間中に組合活動を行なつてはならない。ただし次の各号の一に該当する場合において、あらかじめ所属長の承認を得た範囲内においては、この限りでない。

一、交渉委員又は説明員として、団体交渉又はその手続きを行なう場合

二、苦情処理機関の委員又は当事者として、苦情処理又はその手続を行なう場合

(別紙四)

被処分一覧表

氏名

昭和年月日

量定

事由

栗田実

三八、四、三〇

戒告

昭和三八、三、九管理者の制止を無視して多数のビラを局舎・庁内備品に貼付

川間富川

三四、三、一三

三六、二、四

三八、四、三〇

訓告

訓告

戒告

昭和三四、三、一三勤務時間内職場大会(二時間)を開催参加

昭和三五、一〇、一五勤務時間内職場大会(三〇分)を開催し、局職員を参加させ勤務を欠く

右栗田実と同一事由

高峰健

二五、九、二七

二七、一二、一六

三四、三、一三

三八、一〇、一

訓告

減給

訓告

戒告

送達書記洩れ

郵便物盗難

昭和三四、三、一三勤務時間内職場大会に参加

昭和三八、九、五郵便物亡失

藤城康孝

三七、二、一二

注意

宿直勤務命令不服従

土家郁夫

三四、三、一三

三九、五、七

訓告

減給

昭和三四、三、一三勤務時間内職場大会に参加

切手類売捌手数料詐取事故に担当者として協力した。

西北浩次

三四、三、一三

訓告

昭和三四、三、一三勤務時間内職場大会に参加

沢本道弘

同右

同右

同右

足立隆司

同右

同右

同右

佐久本喜夫

同右

同右

同右

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